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横浜地方裁判所 平成5年(ワ)3574号 判決 1994年10月13日

原告

河野良雄

ほか一名

被告

池田芳晴

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、二四六〇万一七六四円及びこれに対する平成二年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  右一は、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告ら

(一)  被告は、原告ら各自に対し、二六一〇万一七六四円及びこれに対する平成二年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行宣言

2  被告

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  交通事故の発生

被告は、平成二年一二月一四日午後六時三〇分ころから、神奈川県横浜市緑区上山町六七五番地一先の道路上に、自己の運転する普通貨物自動車(小型ダンプカー。横浜四六た七〇五六)(以下「被告車」という。)を、上山町交差点方面から白根町方面に向かつて道路左側に寄せて駐車させておいたところ、同日午後九時ころ、右道路を上山町交差点方面から白根町方面に向けて進行してきた訴外河野周二(以下「亡周二」という。)運転の原動機付自転車(緑区き八一五七)(以下「河野車」という。)の前部が被告車の右後部に接触し、亡周二は路上に転倒し死亡した。

(二)  責任原因

(1) 自動車損害賠償保障法三条に基づく責任

被告は自己のために被告車を運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法三条に基づく責任がある。

(2) 民法七〇九条に基づく責任

本件事故は被告の過失によつて発生したものであるから、被告は民法七〇九条に基づく責任がある。

すなわち、本件事故現場付近の道路は、夜間でも交通量の多い市道で(なお、事故の三日後の午後九時ころの五分間の交通量は、四輪車二二台、二輪車五台、自転車一台、歩行者二名であつた。)、駐車禁止とされているところ、片側一車線で、上山町交差点方面から事故現場の手前で約一五〇度の角度で左に折れ、車道幅員は曲り角付近でそれまでの七・五メートルから急に五・五メートルと狭められている(なお、道路の平面的形状は、別紙「原告図面」の赤実線で表示したとおりである。同図面は、横浜市道路局作成の道路平面図と本件事故についての司法警察員作成の実況見分調書〔甲第三号証〕添付「交通事故現場見取図」〔別紙として本判決に添付した。以下「見取図」という。〕とを同縮尺にして重ね合わせたものであり、赤実線が右平面図に示された道路位置、青実線が見取図中のこれとは異なつて示された道路位置の部分である。)。上山町交差点方面から白根町方面に向けては緩い上り坂であり、事故現場の手前約六・五メートルの位置の歩車道の境目には電柱があつて、上山町交差点方面から進行する車両の視界を遮つている。事故現場付近は、被告車が駐車していた位置の南方約一四メートル先の電柱に設置された二〇ワツト電球一本の防犯用蛍光灯があつたが、地上約三・五ないし四メートルの辺りに取り付けられたものであつて、ほとんど照明としての用をなしておらず、ほかには、事故現場から約三五メートル手前の対向車線側に設置されている自動販売機四台の明かりが多少道路を明るくしていただけであるため、〇・二三ルツクスの照明度しかなく、いわば真の闇に近い状態であつた。

このような場所的状況のもとにおいて、被告は、河野車の進行方向からすると、前記電柱の陰に隠れて死角となる位置に、駐車灯をつけるなどの何らの警告措置も講じないまま被告車を駐車していたのであり、本件事故の発生について被告に過失があることは明らかである。

そして、被告は、事故現場近くに住み、土建業者として自らダンプカーを運転している者で、本件事故現場付近の状況を十分知りながら、被告車を運転中、近くの飲み屋で飲酒するため、本件事故現場に被告車を駐車し、酒に酔つてこれを放置したまま帰宅してしまつたものであるから、本件事故は、被告の過失のみによつて惹起されたものというべきである。

(三)  損害

(1) 亡周二の逸失利益 四七〇〇万三五二八円

本件事故当時、亡周二は、神奈川県立白山高校に通学する傍ら、夜は大学受験準備のため予備校に通う一八歳の健康な男子であり、本件事故に遭わなければ、大学を卒業して平成七年四月からは社会人として就労を始め、六七歳まで稼働する蓋然性が極めて高かつた。

したがつて、その逸失利益の現価は、年収額を、賃金センサス平成三年第一巻第一表の産業計、企業規模計、新大卒男子労働者の全年齢平均年収額六四二万八八〇〇円、生活費控除率を五〇パーセント、稼働可能年数を二二歳から六七歳までの四五年間とし、中間利息の控除についてライプニツツ係数を適用して算定するのが相当であり、次の計算式のとおり、四七〇〇万三五二八円となる。

六四二万八八〇〇円(年収)×(一-〇・五〔生活費控除率〕)×一四・六二二八(事故時の年齢一八歳から六七歳まで四九年間に対応するライプニツツ係数一八・一六八七から、一八歳から就労開始の二二歳までの四年間に対応するライプニツツ係数三・五四五九を差し引いた係数)=四七〇〇万三五二八円

(2) 相続

原告らは亡周二の両親であり、同人の損害賠償請求権を二分の一ずつ(二三五〇万一七六四円〔円未満、切捨て)相続した。

(3) 原告らの慰藉料 各一〇〇〇万円

亡周二の死亡によつて原告らが受けた精神的苦痛は極めて大きく、これを慰藉すべき金額としては各一〇〇〇万円が相当である。

(4) 葬儀費用 各六〇万円

原告らは、亡周二の葬儀費用として少なくとも合計一二〇万円を支出した。その負担額は各二分の一である。

(5) 損害の填補 各一〇〇〇万円

原告らは、自動車損害賠償責任保険から各一〇〇〇万円の支払を受けた。

(6) 弁護士費用 各二〇〇万円

原告らは、被告が任意に本件事故による損害を支払わないため、原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起・遂行を依頼し、着手金として一〇〇万円を支払い、報酬として三〇〇万円を支払うことを約し、原告らにおいて各二分の一ずつ負担することとした。

(四)  まとめ

よつて、原告らは、自動車損害賠償保障法三条(予備的に民法七〇九条)に基づき、不法行為による損害賠償として、被告に対し、各二六一〇万一七六四円及びこれに対する本件事故発生日である平成二年一二月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

2  請求原因に対する被告の答弁

(一)  請求原因(一)は認める。

(二)  同(二)について

(1) (1)は、被告が被告車の運行供用者であることは認めるが、その責任は争う。

(2) (2)は、本件事故現場付近の道路は駐車禁止とされていたこと、片側一車線で幅員約五・五メートルの狭い道路であること、上山町交差点方面から白根町方面に向けて上り坂で、左にカーブしており、事故現場直前には電柱があつて見通しが極めて悪いこと、事故現場には道路の照明がほとんどなく、照明度は〇・二三ルツクスであつたこと、被告は駐車した被告車に何らの警告措置も講じていなかつたこと、以上の点は認め、その余は否認ないし争う。

(三)  同(三)について

(1) (1)は不知ないし争う。

(2) (2)は不知。

(3) (3)は争う。亡周二の死亡によるいわゆる死亡慰藉料は一五〇〇万円が相当である。

(4) (4)は争う。葬儀費用は一〇〇万円(各五〇万円)が相当である。

(5) (5)は認める。

(6) (6)は争う。

3  被告の主張

(一)  本件事故は、次のとおり、主として亡周二の前方不注視及び速度超過という重大な過失によつて惹起されたものである。

(1) 本件事故現場付近道路は最高速度毎時三〇キロメートルと規制されている。また、河野車のような原動機付自転車は、四輪車や自動二輪車と比べて明らかに性能が劣り、走行の安全性が保持されにくいことから、その最高速度は、指定最高速度毎時四〇キロメートル以上の道路においても毎時三〇キロメートルに制限されている。したがつて、原動機付自転車の運転に際しては四輪車や自動二輪車の場合以上に細心の注意が必要とされている。そして、事故現場の見通し状況は、「上山町交差点方面から曲線半径五〇メートルの左カーブで左側に障害物はないが街灯等なく暗い場所であり、駐車車両が確認可能地点は約二〇・〇メートルであつた」(甲第三号証)とされている。

(2) 河野車は、被告車の右後部に直立の姿勢で衝突し、前照灯等を破曲損するとともに衝突地点から約一七・二メートル地点まで転倒滑走して停止したもので、その衝突直前の速度は時速約四六・六キロメートルと推定されている(乙第五号証)。

(3) 右によれば、本件事故は、亡周二が、河野車を運転して本件事故現場付近を進行するに際し、前方を注視し、安全運転をすべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、制限速度を大幅に超過する時速約四六・六キロメートルの速度で走行させ、かつ、事故現場の手前約二〇メートル付近で被告車を視認できるにもかかわらず、前方注視を怠つていたため、ほとんどその存在に気がつかないまま被告車後部に直接自車が衝突したことによるものというべきである。仮に、亡周二が、前方の注視を怠らず、制限速度を遵守して走行していれば、被告車の存在を約二〇メートル手前の地点で視認できたはずであり、直前において停止あるいは避譲することによつて本件事故を未然に防止し得たものである。

(二)  亡周二の過失割合は少なくとも七〇パーセント以上であるから、本件事故による損害の算定に当たつては大幅な過失相殺がなされるべきである。なお、亡周二の過失に関しては、自動車損害賠償責任保険における当時の死亡保険金額は二五〇〇万円であるところ、原告らに対する填補額は二〇〇〇万円で、二〇パーセント削減されているから、亡周二の過失が七〇パーセントと判断されていることになること、財団法人交通事故処理センター本部審査会の裁定において、亡周二及び被告の過失割合は各五〇パーセントと提示されていること、本件事故について、被告は刑事事件としては立件されず、交通反則事件(駐車違反〔指定場所〕)として処理されているから、検察庁においても、亡周二の過失の方が大きいと認めたと考えられること、等の事情がある。

4  被告の主張に対する原告らの答弁・反論

被告の過失相殺の主張は争う。本件事故は専ら被告の過失によつて発生したものであり、亡周二に過失はないから、過失相殺の余地はない。

(一)  事故現場の見通し状況について

被告は、事故現場の見通し状況について、「上山町交差点方面から曲線半径五〇メートルの左カーブで左側に障害物はないが街灯等なく暗い場所であり、駐車車両が確認可能地点は約二〇・〇メートルであつた」との甲第三号証の記載を援用・主張する。

(1) しかし、現場付近の道路は円弧状の力―ブではなく、鈍角とはいえ一五〇度の角度で角張つて左に折れており、「上山町交差点方面から曲線半径五〇メートルの左カーブ」というのは誤りである。また、「左側に障害物はない」というのも誤りである。すなわち、左側には電柱があり、河野車の進路左斜め前方の視界を遮つている。右電柱は直径が約三五センチメートルあつて、それに近づけば近づくほど左斜め前方に駐車している被告車が丁度その陰に隠れ、被告車を発見することができなくなつていた。右電柱は、車道と歩道との境目に立つているので、車両の「通行」という面では障害物ではないが、「見通し状況」という面では大きな障害物である。現に、本件事故後間もなく、右電柱は、車道と歩道との境目から、歩道と民有地との境目に約二・五メートル東に移動されている。

(2) さらに、甲第三号証は、「駐車車両が確認可能地点は約二〇・〇メートルであつた」としている。原告らは、右の実況見分がどのようになされたのかは知らないが、通常の実況見分の方法から考えると、司法警察員あるいは立会人の被告において被告車を凝視し、被告車を視認し得る地点から被告車までの距離を測つたものと思われる。しかし、暗闇の中で目を凝らして目標物を見詰めるのと、原動機付自転車を運転しながら左斜め前方を見るのとでは、当然目標物の見え方は違うはずであり、右の記載をそのまま認めることはできない。これを、別紙原告図面によつて述べると次のとおりである。すなわち、亡周二は、同図面の道路を右から左に走行してきた。本件事故現場付近は斜め左に折れて見通しが悪いうえ、街路灯はなく、ほとんど暗闇であつた。明かりといえば、右上方のTPとある電話柱付近に設置されていた四台の自動販売機の電灯と、左方EPとある箇所の電柱の地上四、五メートル付近に点灯された二〇ワツトの蛍光灯のみであつた。あとは、進行方向右側は崖及び欝蒼と生い茂つた樹木、左側は畑であり、光源は何もない。そして、図面の縮尺は二〇〇分の一であり、二〇メートルは図面上一〇センチメートルになるから、被告の主張によれば、亡周二は、右から左に走行して、右TP付近の自動販売機の明かりを過ぎた、「(亡河野周二進行方向)」という記載の左側の三つの赤矢印のうちの真ん中の矢印の辺りで被告車を発見すべきであつたことになる。しかし、実況見分の際にその点に佇立して被告車を凝視するのと、原動機付自転車で走行してきて右TP付近の明かりを過ぎ、急速に暗くなつたところで走行しながらその方向を見るのとでは、人間の目の反応は違うはずであるし、そもそも、左カーブのこの地点で原動機付自転車の運転者がまず注意しなければならないのは、前方から来るかもしれない対向車両あるいは自転車・歩行者であつて、道路端の電柱のそのまた左に見えるかもしれない被告車を発見すべきであるというのは、亡周二に不可能を強いるものである。そして、右の二〇メートルの地点を過ぎると、被告車は完全に電柱の陰に隠れ、追突直前まで全く発見することはできなくなる。しかも、被告車はダンプカーで、事故当時、泥が多数付着して暗黒色をしており、夜間は極めて発見しにくい状態にあつた。

(二)  河野車の速度について

被告は、河野車の衝突直前の速度を時速約四六・六キロメートルと推定する乙第五号証(調査報告書)を援用して亡周二の過失を主張するが、右報告書は、何ら独自に調査することなく、実況見分調書、車両取扱説明書、車検証、登録事項等証明書等の資料により、実況見分調書の誤つた数値に基づいて机上で計算をし、後は想像によつて作成したものと思われ、いわば、「机上計算書」であつて、「調査」報告の体をなしておらず、全く信用することができないから、本件事故の原因を推定する証拠とはなり得ない。

その所以について何点か指摘すると、次のとおりである。

(1) 「道路の『曲率半径』が約五〇メートルである」としていることについて

右の曲率半径が実況見分調書にいう曲線半径と同義であるならば、それが誤りであることは既に指摘したとおりであり、現地を調査すれば一見して分かるこのような誤りを看過していることは、「調査」報告書といいながら、現地調査を怠つていることを如実に物語つている。

(2) 「道路の勾配が一〇〇分の一で〇・三八度である」としていることについて

右の数値は、どのような機械を用い、どのように測定したのか、報告書には何の記載もない。もし、目測によつて一〇〇分の一という勾配を記載したのなら、あるいは実況見分調書を鵜呑みにしたのなら、いかに三角函数やエネルギー保存則を用いて計算しても、前提となる数値に信憑性がない以上、得られた結果には何の意味もない。事故現場が相当の上り坂であることは甲第二〇号証の三及び八の写真によつて明らかである。

(3) 衝突状況について

報告書は、衝突状況について、「乗員は池田車両の右後部アオリ付近に頭部を衝突させ、そのまま車両と分離し、最後に転倒地点に至つたものと推定され、車両は池田車両の後輪に衝突した後転倒し、最後停止地点まで滑走停止したものと推定」し、衝突時の状況を図示までしている。

しかし、調査者はこの点について何を調査したのであろうか。亡周二の遺体を見ていないし、河野車も被告車も見ていないはずである。現場も調査せず、遺体及び関係車両も調査せず、目撃者もいないのに、あたかも目撃者のごとく図面まで描いて衝突時の状況を推定しているが、その根拠は何も示していない。「推定」ではなく、単なる「想像」である。凹凸の多い原動機付自転車が転倒したまま一七・二メートルも滑走するには、どれほどの速度で追突しなければならないのか、それにしては、亡周二が頭部を衝突させたというが、最初の発見者(権藤茂幸)からの手紙によると、亡周二は事故直後は意識があつたし、遺体の頭部や顔面には大きな損傷もなかつた。現に、原告河野良雄が病院に駆け付けたとき、亡周二の首から上には何の損傷もなく、また、後日警察から返還された亡周二がかぶつていたヘルメツトも無傷のままであつた。

(4) 現場防犯灯照明による幻惑状況について

報告書は、前記の二〇ワツトの蛍光灯による防犯灯によつてその手前に駐車されていた被告車はシルエツトのような状態で写し出されることから、比較的視認性がよいとしているが、被告車が駐車していた場所の照明度は〇・二三ルツクスしかなかつたし、右防犯灯の下まで行つても僅か三・五五ルツクスの照明度しかなかつた。これは、到底駐車車両がシルエツトのような状態になる明るさではなく、視認性は極めて悪かつたというべきである。亡周二は、前記自動販売機四台が道路面を照らす明るさに幻惑されて、直線が終わつた先の左斜め前方の暗闇に駐車していた被告車を発見できなかつた可能性の方がはるかに大である。

三  証拠関係

記録中の書証目録・証人等目録のとおりである。

理由

一  請求原因(一)(交通事故の発生)は当事者間に争いかない。

二  同(二)(責任原因)について判断するに、被告が自己のために被告車を運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがなく、次の被告の主張についての判断において認定するその駐車の目的・態様等に鑑みると、本件事故当時、被告車は自動車損害賠償保障法三条にいう「運行」状態にあつたものと認めるのが相当であるところ、本件事故は、被告が被告車を本件事故現場に駐車していたことによつて発生したものであることも次に認定するとおりであるから、被告は同条に基づく損害賠償責任を免れない。

三  被告の主張について判断する。

1  当事者間に争いがない謂求原因(一)の事実、同(二)(2)のうちの当事者間に争いがない事実、成立に争いのない甲第三号証、第六号証、第九号証、第一四号証の一・二、第一九号証、本件事故現場付近を撮影した写真であることについて当事者間に争いかない甲第一八号証の一ないし八、第二〇号証の一ないし一四、原告河野良雄本人尋問の結果により成立を認める甲第二一号証、第二二号証、同本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件事故は、神奈川県横浜市緑区上山町六七五番地一先のほぼ南北に走る車道幅員約五・五メートル、片側一車線の市道上の、終日駐車禁止とされていた、原告図面及び見取図の<×>地点付近において、道路左側に駐車中の被告車に河野車か衝突したことによるものであり、同道路の西側は車道瑞から約〇・五メートル幅の有蓋側溝が設置され、その西方は上方への土手状をなして樹木が密生している。東側は、幅員約二・一メートルの歩道がガードレールによつて車道と区分されて設置されており、その東方は畑である。そして、同道路は、上山町交差点方面から白根町方面に向かつては緩やかな上り坂であり、車道の平面的形状は、原告図面の赤実線で表示されているように、本件事故現場手前で約一五〇度の角度で左に折れており、事故現場手前約六・五メートルの位置の歩車道の境目には直径約三五センチメートルの電柱があつて、上山町交差点方向から白根町方向に向かつて進行する車両の視界を遮る恰好になつていた。左に折れる手前の道路の幅員は約七・五メートルであり、折れてから本件事故現場に至るまでは前記のように約五・五メートルで、狭められていた。

(二)  本件事故は午後九時ころの夜間に発生したものであるところ、当時、付近の照明状況は、事故現場から約三〇メートル手前の上山町方向の地点に商店の屋外に設置された四台の自動販売機による照明のほかは、事故現場から白根町方向約二〇メートルの地点の電柱の高さ三、四メートル程度の位置に設置された二〇ワツトの防犯用蛍光灯による照明があつたのみであり、本件事故後、本件事故発生時とほぼ同じ時間に実施された照明度測定の結果は、事故現場〇・二三ルツクス、事故現場から上山町交差点方向へ約二〇メートルの地点〇・二五ルツクス、同約一〇メートルの地点〇・二四ルツクス、白根町方向へ約二〇メートルの地点三・五五ルツクス、同約一〇メートルの地点〇・三六ルツクス、であつた。

(三)  被告は、本件事故当日、午後六時三〇分ころ、被告車を運転して帰宅途中、飲酒しようと思い、漫然と被告車を本件事故現場に止めて、ドアのロツクもしないままこれを離れ、近くの居酒屋で飲酒に及び、酔余、そのまま漫然と帰宅してしまつていたものであり、駐車するに当たつて、例えば駐車灯を点滅させる等の何らの措置を講ずることもしなかつた。また、被告車はいわゆるダンプカーであつて、汚れていた。

以上のとおり認められる。この認定を動かすに足りる証拠はない。また、右認定を超えて被告の主張の成否に影響を及ぼすに足りる事実関係を認めるに足りる証拠はない。

2  被告は、本件事故現場付近道路は最高速度毎時三〇キロメートルと規制されており、河野車の進行方向から事故現場への見通しは約二〇メートル前方まで可能であつたところ、河野車の本件衝突直前の速度は時速約四六・六キロメートルと推定されているから、亡周二において前方の注視を怠らず、制限速度を遵守して走行していれば、被告車の存在を約二〇メートル手前の地点で視認できたはずであり、直前において停上あるいは避譲することによつて本件事故を未然に防止し得たものである旨主張し、前掲甲第四号証及び成立に争いのない乙第五号証中にはこれに沿う部分がある。

しかし、本件事故現場付近道路が最高速度毎時三〇キロメートルと規制されていたことは前掲甲第三号証及び弁論の全趣旨によつて明らかであるものの、右の見通し状況と河野車の速度の点については、右1認定の事実に加えて、前掲甲第一四号証の一・二、第一九号証、第二一号証、第二二号証、原告河野良雄本人尋問の結果により成立を認める甲第一七号証の一ないし三(二・三の官署作成部分については成立に争いがない。)を総合すると、原告らが、「被告の主張に対する原告らの答弁・反論」において指摘する点は、概ねこれを是認し得るところであり、これに照らすならば、直ちに被告の右主張に沿う前掲証拠を採用し、同主張を認めることはできないというべきである。

3  以上によれば、本件事故は、現に進路左側に駐車中の被告車に衝突したことによるものであるから、社会通念上、その発生について、亡周二に何らかの過失があつたと考える余地もないではないが、被告は、夜間、片側一車線で、しかも河野車進行方向からは極めて見通しが悪く、付近の照明もほとんど及ばないような駐車禁止の道路上に、何らの警告措置を講じることもなく漫然と飲酒のため被告車を駐車させていたのであり、それは、自動車を運転する者として守るべき必要最低限の注意義務を懈怠したものであつて、本件事故は、かかる被告のおよそ自動車を運転するだけの資質・適格を有しないとも評すべき重大な過失によつて惹起されたものとみるのが相当であり、このような被告の過失の内容・程度に鑑みると、亡周二に何らかの過失があつたにしても、それを過失相殺の場面において斟酌すべき過失とまで認定するのは相当ではないというべきである。

4  したがつて、被告の主張は採用しない。

四  そこで、原告ら主張の損害について判断する。

1  亡周二の逸失利益

成立に争いのない甲第二号証、第一二号証の一・二、前掲甲第二二号証及び前掲本人尋問の結果によれば、請求原因(三)(1)の事実が認められる。この事実によれば、亡周二の逸失利益の現価は、原告ら主張のとおり算定するのが相当であり、四七〇〇万三五二八円である。

2  相続

右甲第二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告らは亡周二の両親であり、同人の損害賠償請求権を二分の一ずつ相続したことか認められる。

3  原告らの慰藉料

亡周二の死亡によるいわゆる死亡慰藉料は一八〇〇万円と認めるのが相当であるから、原告らの慰藉料は各九〇〇万円である。

4  葬儀費用

弁論の全趣旨によれば、原告らが亡周二の葬儀費用として少なくとも一二〇万円の出捐を余儀なくされ、これを原告ら各自は二分の一ずつ負担したことが認められる。

5  損害の填補

原告らが自動車損害賠償責任保険から各一〇〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

6  弁護士費用

本件事案の性質・審理の経過・認容額等を勘案すると、本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は、合計三〇〇万円、原告ら各自については各一五〇万円をもつて相当と認める。

7  以上によれば、原告らの損害は、合計四九二〇万三五二八円であり、各二四六〇万一七六四円となる。

五  まとめ

以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、被告は、自動車損害賠償保障法三条に基づき、不法行為による損害賠償として、原告らに対し、各二四六〇万一七六四円及びこれに対する本件事故発生日である平成二年一二月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で理由があり、その余は失当である。

よつて、民事訴訟法八九条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 根本眞)

交通現場見取図

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